Detail :
金工の大森派は、柳川、石黒派と並んで横谷系の大きな流派です。大森家の祖は重光とされていますが、確実な作品が見当たらず、実際の流派の祖は横谷宗珉の弟子であった英昌と思われます。英昌は宝永二年(1705)に江戸で生まれ、宗珉が没した享保十八年(1733)は29歳で、すでに独立開業をしていました。明和九年(1772)に没していますが、その後の大森派は、英秀、英満と続き弟子も多数で、町彫金工の重要な一派を形成しました。この縁頭は、四分一石目地に図案化した枝梅を高彫にして、枝は赤銅、花と蕾の部分は厚手の色絵で表現しています。開いた花は大きく一輪だけで、このようなシンボリックな表現は宗珉から受けついた感覚です。縁の腰を低く造り込んでいますが、これは元禄から享保あたりの流行で奈良三作にも見られる特徴です。華やかで装飾的な作品で、愛蔵に足る名品です。









