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江川宗隣は、安永三年(1774)に水戸で生まれ、江戸で横谷英精に学んで、その才能を認められ、桂永寿の養子となって久留米藩有馬家の抱工になりました。最初は利政と名乗り、剃髪入道後は宗隣と号しました。安政二年(1855)、81歳の作品も残され、長寿であったことがわかります。この縁頭は艶を抑えた鉄地に松と旭日を背景に二羽の鶴を高彫色絵で表現しています。これは吉祥の図で、旭日は昇る太陽の勢いから、新たな始まりや繁栄を意味し、常緑樹の松は変わらぬ生命力を、鶴は長寿を象徴しています。鶴は濃度の違う2種類の金を使い、喉と尾羽は赤銅、頭は素銅、目も赤銅を象嵌して、生命感のある生き生きとした表現にしています。松は政随を思わせるような彫口で、奈良派の彫法も取り入れていて、宗隣の弛まぬ探究心を垣間見ることのできる逸品です。









