短刀 備州長船兼光 貞和二二年七月日 附出鮫柄腰刻変塗鞘小さ刀拵
備前長船兼光は、鎌倉時代末期の名工長光の子景光の嫡男として生まれた、最上作最上大業物、名物や重文も多くある名工です。「古刀銘尽大全」には「弘安元年の生まれで延文五年没」とありますが、それ以後の作品もありますので、長寿の刀工で、そのため作品も多く残されています。製作時期が鎌倉時代末期から南北朝時代にかけてで、優しい姿のものから大切先の豪壮なものまでバリエーションに富んだ作品を残しています。短刀は、康永以前は景光のような無反のもので、それ以降は反りのある作品になったと言われています。この短刀は、長さが9寸2分、反りが僅かにあり、南北朝期に入ってからのものと思われます。よく詰んで透明感のある小板目肌に、刃縁には棒状、地には淡く映りがあり、足が良く入り、珍しく砂流しも見られる刃縁の明るい小沸出来の細直刃です。ほとんど研ぎ減りのない健全な姿をしていますが、物打ちあたりは刃幅が細くなり、通常の兼光とは異なり、鎌倉末期の粟田口吉光を思わせる出来です。特別な注文で吉光を写したのかもしれません。彫り物も研ぎ減りがなく製作当時の様子を伝えていて美しく、貴重な作品です。昭和六十二年の本阿弥日洲師の鞘書が添えられ、金着二重の古い鎺が付けられています。
出鮫柄腰刻変塗鞘小さ刀拵
腰刻みの鞘は幕末期に流行したもので、これもその当時にまとめられたものと思われます。鐔は鉄地で瓢箪に菊の透かしの古正阿弥で、出鮫の柄には古金工の花唐草の縁と巴紋散の頭を取り合わせ、目貫は後藤光乗作に見える州浜に水鳥の図の目貫を使っています。髪を細かく切って混ぜた呂色の変わり塗鞘には、大森派の波の高彫を施した栗方に金無垢シトトメが付けられています。鐺は色合いから金無垢の打ち出しと思われます。後藤理兵衛家の悦乗在銘の五条大橋図の小柄を用い、江戸期の古い下緒が付いています。兼光の名刀に相応しい、気の利いた楽しめる拵です。





























