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志水家は、平田彦三の甥であった初代仁兵衛に始まり五代目の茂永で金工としての終焉を迎えています。三代永次は、は元禄四年(1691)生まれで、安永六年(1777)に没しています。二代勘四郎の弟子になり熊本で修行しました。殆どの作品は無銘ですが、72歳頃までは「甚五」と銘を切り、晩年には「甚吾」になっています。三代は名工の誉高く、三代西垣勘四郎も門人の一人でした。この鐔は、冬に到来する雁をデザインしたもので、左右の櫃穴を溜池に見立てています。木瓜は伝統的な形ではなく、オリジナルで進取の気性が感じられます。平地には志水伝統の打ち込みがあり、下側の開けられた腕抜き穴の歪みには味わいがあります。三代の永次には、このような真鍮線象嵌を施した在銘の鐔がいくつか存在しています。また、初代と二代にはこのような真鍮線象嵌の手法はありませんので三代の創始と思われます。鉄色も良く、大ぶりで意欲的な作品であり鑑賞していて飽きない名作です。







