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秋山久作翁は、「地透物の内、武人の目よりして 尾張物に優る物 有る事なし」と述べられ、尾張透を最も珍重されました。また透鐔の泰斗である笹野大行氏も「尾張は地透鐔の鑑賞の最後に行き着く究極のもの」と解説をされています。尾張鐔の起原は京透と同じ六代将軍足利義政の時代である永享頃(1440)にはすでに存在していたと思われています。この鐔は、天地に菖蒲と思われる花の頭と左右には引手金具を透かしています。菖蒲の透かしは京透かしの影響でしょうか。天地左右対称の図取りは豪快で、平地にはやや朽ち込はありますが、槌目仕立てで焼き手をかけた豪快な造り込みから、尾張透でも天文永禄頃の作品であると思われます。堂々とした佇まい、艶のある古雅な鉄色と動きのある耳の変化は戦国時代の気風を伺わせます。







