Detail :
西垣勘四郎は平田彦三の門人で、細川三斎に随行して肥後八代に住みましたが、三斎没後は熊本に移り細川家の抱え工として活躍しました。慶長十八年(1613)生まれで林又七とは同じ年です。作風は林家のように謹直ではなく自由度があり、高士の風格を備えています。この鐔は、長丸形で、林家が得意とした「三ツ浦」と呼ばれる干網を透かし、丸耳に仕上げています。しかし、平地と耳、透かしにも林家とは違った変化と動きがあり、鉄は槌目を打った後、磨いて仕上げています。このような躍動感のある有機的な作風は初代勘四郎の個性です。鉄の色合いも良く、勘四郎の自由な個性が感じられる作品です。








